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東京地方裁判所 平成9年(ワ)20145号 判決

原告

伊藤京子

ほか一名

被告

濱田富三男

ほか一名

主文

一  被告濱田富三男は、原告伊藤京子に対し、金一五万六八九一円及びこれに対する平成八年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告濱田富三男は、原告有限会社プライスに対し、金七二一万三四五〇円及びこれに対する平成七年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告名鉄運輸株式会社は、原告伊藤京子に対し、金七〇万七六一四円及びこれに対する平成八年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、原告らに生じた費用の七〇分の九及び被告濱田富三男に生じた費用の三分の一を被告濱田富三男の負担とし、原告らに生じた費用の七〇分の一及び被告名鉄運輸株式会社に生じた費用の五〇分の一を被告名鉄運輸株式会社の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告濱田富三男(以下「被告濱田」という。)は、原告伊藤京子(以下「原告伊藤」という。)に対し、金四五二万六一一〇円及びこれに対する平成七年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告濱田は、原告有限会社プライス(以下「原告会社」という。)に対し、金二四七二万八一五三円及びこれに対する平成七年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告濱田及び被告名鉄運輸株式会社(以下「被告名鉄運輸」という。)は、原告伊藤に対し、連帯して金五九〇万五八五九円及びこれに対する平成八年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告濱田及び被告名鉄運輸は、原告会社に対し、連帯して金二一三六万七八四七円及びこれに対する平成八年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

中央分離帯の切れ目において右折しようとした普通乗用自動車と、後方からそれを追い抜こうとした自動二輪車が衝突した。この事故により負傷したとして治療を継続していた普通乗用自動車の運転者が、この事故から九か月経過した後、同じ自動車を運転していたところ、すれ違う対向車(普通貨物自動車)が電柱に衝突した反動で、その車両が衝突する交通事故に再び遭った。これにより、症状が増強したとして、負傷をした普通乗用自動車の運転者及び実質的に同人が法人成りしている有限会社が、自動二輪車の運転者に対しては、一回目及び二回目の各事故を通じて生じた損害賠償の支払を、普通貨物自動車の所有者に対しては、二回目の事故に関係する損害賠償の支払をそれぞれ求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げたもの以外は争いがない。)

1  事故の発生

(一) 第一事故

次の交通事故(以下「第一事故」という。)が発生した。

(1) 発生日時 平成七年四月一六日午前〇時二〇分ころ

(2) 事故現場 東京都中央区佃二―一先路上

(3) 加害車両 被告濱田が所有して運転していた自動二輪車(足立わ四八三七、以下「濱田車両」という。)

(4) 被害車両 原告伊藤が所有し運転していた普通乗用自動車(メルセデスベンツ、品川三四の七七七、以下「伊藤車両」という。)

(5) 事故態様 事故現場において、右折をしようとした伊藤車両の右ドアに、後方から走行してきた濱田車両が衝突した。

(二) 第二事故

次の交通事故(以下「第二事故」という。)が発生した。

(1) 発生日時 平成八年一月二六日午後四時一五分ころ

(2) 事故現場 東京都渋谷区猿楽町二番地先路上

(3) 事故車両 被告名鉄が所有し、その従業員である久我信一(以下「久我」という。)が運転していた普通貨物自動車(品川四四を九三二二、以下「名鉄車両」という。)と、伊藤車両

(4) 事故態様 事故現場において、名鉄車両が、路上の電柱に衝突した後、その反動で名鉄車両の右後部と伊藤車両の右前部が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告濱田は、濱田車両を保有し、自己のため運行の用に供していた。

(二) 被告名鉄運輸は、名鉄車両を保有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により、第二事故によって生じた原告らの後記損害を賠償する責任がある(但し、被告名鉄運輸は、原告らの損害の発生を争っている。)。

3  損害のてん補

原告濱田は、第一事故及び第二事故に基づく損害賠償として、原告伊藤に対し、一〇〇万円を支払った。

4  原告らの概要

原告伊藤は昭和三三年七月二二日生まれの女性であり、家田荘子のペンネームで作家活動を行っている(甲一七、原告伊藤本人)。

原告会社は、昭和六一年一二月一日に設立された出版物の編集、制作、販売並びに文筆業等を業とする有限会社である(甲一七)。

二  争点

1  被告濱田の免責の抗弁について

(一) 原告らの主張

原告伊藤は、伊藤車両を運転して中央寄りの車線を走行し、事故現場である道路の中央分離帯の切れ目から右折するため、いったん停止し、対向車線の状況を確認した上で右折を開始したところ、後方から走行してきた濱田車両が伊藤車両の右ドアに衝突した。

(二) 被告濱田の主張

被告濱田は、濱田車両を運転し、事故現場の二車線の道路の中央分離帯寄りを走行したところ、左前方の電話ボックス前の歩道寄りの車線上に伊藤車両を発見した。被告濱田はそのまま進行したところ、伊藤車両が右合図も出さずに中央寄りの車線に進入してきた。しかし、被告濱田は、伊藤車両がそのまま直進するものと考え、その右を追抜こうとしたところ、伊藤車両がそのまま右折を開始したので、濱田車両は行き場を失い伊藤車両に衝突した。

したがって、被告濱田には過失がなく、濱田車両の構造上の欠陥又は機能の障害の有無は、本件事故とは関係がないから、被告濱田は免責される。

仮に、免責がされなかったとしても、原告伊藤には、右方及び後方の確認を怠り、合図を出さずに漫然と右にハンドルを切った重大な過失がある。

2  原告伊藤の治療期間の相当性と、第一事故及び第二事故との相当因果関係の有無

(一) 原告らの主張

原告伊藤は、第一事故の負傷により、平成七年四月一六日から第二事故が発生した平成八年一月二六日まで治療をし、第一事故の影響と第二事故が競合したことにより、少なくとも平成九年六月三〇日までの治療を要した。

(二) 被告濱田の主張

(1) 原告伊藤は、第一事故によって負傷していない。

(2) 仮に、負傷していたとしても、第一事故発生後三か月を経過した平成七年七月一六日ころには症状固定に至った。そして、このように治療期間がかかったことには、原告伊藤の心因的要因が寄与したものであり、その寄与割合は四割である。

(3) また、第二事故は第一事故から九か月以上の時間的間隔を置いて発生したものであり、場所も異にするから、被告濱田が共同不法行為責任を負うことはない。

(4) 仮に、被告濱田が第二事故による損害について損害賠償義務を負うとしても、その治療期間については、第二事故後三か月を経過した平成八年四月二六日ころまでとするのが相当であり、これには心因的要因も影響しているのであるから、一割の寄与度減額をすべきである。

(三) 被告名鉄運輸の主張

(1) 原告伊藤は、第二事故によって、頸椎捻挫の傷害を負っていないし、すでに存在した頸椎捻挫の傷害も増悪していない。

(2) 仮に、原告伊藤が、第二事故によって、頸椎捻挫の傷害を負ったか、あるいは、すでに存在した頸椎捻挫の傷害を増悪させたとしても、その治療期間はせいぜい第二事故発生から三か月を超えるものではない。

(3) さらに、相当因果関係のある治療期間が第二事故後三か月以上であったとしても、それには、原告伊藤の心因的要因が寄与しているから、民法七二二条の類推適用により、その寄与割合に相当する金額を減額すべきである。

3  原告らの損害について

第三争点に対する判断

一  被告濱田の免責の抗弁

1  第一事故の態様について

(一) 証拠(甲六、七の1・2、八、一五、一七~一九[一九は一部]乙一~三[二は一部]、原告伊藤本人、被告濱田本人[一部])によれは、次の事実が認められる。

(1) 事故現場は、茅場町方面と相生橋方面を結ぶ幅員一二・七五メートル(車道部分で中央分離帯を含む)の片側二車線の舗装道路(以下「本件道路」という。)上である。本件道路には中央分離帯が存在し、両脇には歩道が存在する。茅場町方面には中央大橋(この橋は片側一車線である。)が存在し、そこから相生橋方面に向かってやや下りとなっている。また、事故現場付近には照明灯が存在し、比較的明るい。

事故現場は、中央分離帯が二七メートルほど途切れており、相生橋方面に向かって右側には、原告伊藤が居住するマンションの駐車場入口(以下「本件駐車場入口」という。)が存在し、相生橋方面に向かって事故現場のやや手前左側には、電話ボックス(以下「本件電話ボックス」という。)が存在する。

(2) 原告伊藤は、事故現場からほど近いコンビニエンスストアで買い物を済ませ、伊藤車両を運転して帰宅するため、本件道路を茅場町方面から相生橋方面に向かった。片側一車線の中央大橋を通過し、その後、時速四〇キロメートル弱ほどで二車線のうちの中央寄りの車線を走行した。

原告伊藤は、本件駐車場入口に入るため、事故現場手前で右折合図を出し、事故現場である中央分離帯の切れ目付近でいったん停止した。

他方、被告濱田は、濱田車両を運転し、時速約五〇キロメートルで、原告伊藤と同じ相生橋方面に向かって本件道路の中央寄りの車線を走行し、事故現場手前に差し掛かった。

(3) 被告濱田は、対向車線に気を取られていたのか、前方に停止している伊藤車両の発見が遅れ、中央分離帯の切れ目を利用し、速度をそのままにして伊藤車両を追い越そうとした。

他方、原告伊藤は、後方から接近してくる濱田車両に気が付かず、フットブレーキをはずしてゆっくり右折を開始したので、行き場を失った濱田車両は、伊藤車両の右ドアに衝突した。

(二) この認定事実に対し、被告濱田本人は、事故現場の手前約二〇メートル付近で、本件電話ボックス前の歩道寄りの車線で停止しているか低速で走行しているか分からない伊藤車両を発見し、伊藤車両は、右折合図を出すことなく中央寄り車線に入ってきたが、直進すると思ってそのまま伊藤車両の右側を通過しようとしたところ、伊藤車両が、さらに右折を開始したので、行き場を失って濱田車両は伊藤車両に衝突したと供述し、被告濱田作成の陳述書(乙二)及びあさひ調査事務所作成の調査報告書(甲一九)中の被告濱田の説明も同趣旨である。

しかし、被告濱田は、伊藤車両のテールランプの点灯状況について、あいまいな供述に終始していること(被告濱田本人)、伊藤車両が本件道路左側から中央寄り車線に進入してきたことについて、調査報告書中の説明は、「自分はそう思った」とか、「ハッキリしたことは言えないが、乗用車側が道路左側から発進して来たと記憶している」など、次第にあいまいな説明になってきていること(甲一九)、反対車線の駐車状況は比較的明確に供述しているのに、肝心の走行していた車線側の駐車状況については、ややあいまいな供述をし(被告濱田本人)、また、本件道路はやや下りで視界は良好であり、事故現場付近が比較的明るいにもかかわらず、かなり接近するまで伊藤車両を発見しておらず、果たして走行車線上を十分注視していたか疑問があることなどの事情に照らすと、被告濱田の供述内容、これに沿う陳述書及び調査報告書中の被告濱田の説明は直ちには採用できない。

もっとも、被告濱田は、右折合図を出している車両の右側をわざわざ追抜くという危険な走行をしたのかという疑問はないではない。しかし、被告濱田は、伊藤車両の発見が遅れたことと、それが前方で停止していたことから、思い切って追い抜いたとも考えられるから、右の疑問だけでは、(一)の認定を覆すには足りないというべきである。

2  被告濱田の免責の有無、過失相殺について

(一) 被告濱田は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、第一事故によって生じた原告らの後記損害を賠償する責任がある。

そして、1(一)で認定した事実によれば、被告濱田は、同一車線の前方に右折をしようとする伊藤車両が存在するのであるから、その車両が右折をするのを待って直進する注意義務がある。しかし、被告濱田はそれを怠り、伊藤車両が右折するより先に追い抜きを図り、右折を開始した伊藤車両に衝突した過失がある。

したがって、被告濱田の免責は認められない。

(二) 被告濱田には、右のとおりの過失があるが、他方、原告伊藤も、右折をするに際しては、中央分離帯の切れ目を利用して追い抜きを図る二輪車が存在する可能性が高くないことを考慮してもなお、わずかの隙間を通過する二輪車も考えられないではないから、対向車線のみならず、一応後方から走行してくる車両の存否をも確認する注意義務がある。しかし、原告伊藤はこれを怠り、直後を走行してきた被告濱田車両にまったく気が付かずに右折を開始した過失がある。

この過失の内容、本件事故の態様等の事情を総合すると、原告伊藤と被告濱田の過失割合は、原告伊藤が一〇パーセント、被告濱田は九〇パーセントとするのが相当である。

二  原告伊藤の治療期間の相当性と、第一事故及び第二事故との相当因果関係の有無

1  原告伊藤の治療経過について

証拠(甲四、五の1~5、一六、一七、二〇、丙一、二の1・2、三、四の1~3、五、原告伊藤本人、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告伊藤は、本件事故当日である平成七年四月一六日、頸部が痛むとともに重くなり、聖路加国際病院で薬物投与の治療を受けた。この時点では、手のしびれや脱力はなく、反射の亢進もなく、徒手筋力テスト(筋萎縮の客観的評価などを目的として、個別筋肉の収縮力を調査し、その筋力により筋肉自体の機能及び支配神経の障害程度を把握する診断方法)及び知覚は正常であった。

同月二一日には、頸部痛、手のしびれ、筋力の低下を訴え、同病院で診察治療を受けたが、頸部の硬直はなく、ジャクソンテスト及びスパーリングテスト(いずれも、神経根症状を把握するための診断方法である。)はいずれも陰性であった。診察した医師の診断は外傷性頸部症候群であった。

そして、同月二四日にはひどい頭痛を訴えた。夕方になると痛みが強くなり、吐き気もあった。診察した医師は、交通事故による不安及び普段からの執筆業が多いこともあり、筋緊張性頭痛を誘発したと思われ、不安をとることが大切であるとの診断をした。同月二八日には、頸部原性頭痛、バレー・ルー症候群(頸椎の変化で椎骨動脈周囲の交感神経が刺激され、血管運動神経障害をきたし、頭痛、難聴、視覚障害、めまい、咽・喉頭の感覚異常などの症状を呈する。)の診断を受けた。

その後も、後頸部の圧痛などを継続して訴えて通院したが、同年五月一八日には、症状は軽快しつつも残存しており、頸部の牽引治療を開始した。

(二) 平成七年六月一日からは整形外科で治療を受けるようになり、投薬及び牽引治療を継続した。ジャクソンテスト及びスパーリングテストはいずれも陰性であり、胸鎖乳突筋及び僧帽筋に圧痛は認められなかった。その後、症状が天気に左右されることが多い状態が継続し、一か月に一〇日程度の頻度で薬物及び頸部牽引治療を受け、その間、同年一〇月一二日にジャクソンテスト及びスパーリングテストを行ったが、やはり、陰性であった。同年一二月七日からは極超短波による治療が加えられた。平成八年一月一一日には、薬物の種類を変更し、これでも改善しないなら後遺障害として診断をする必要があるかもしれないとの状況であった。

(三) 原告伊藤は、平成八年一月二六日、第二事故に遭った。

第二事故の事故現場は、旧山手通り(南西方面)とJR山手線方面(北東方面)を結ぶ幅員八メートル(西側一・七メートル、東側一・〇メートルの路側帯を含む)の平坦な舖装道路である。事故現場付近の北東路側帯の境界付近には電柱(以下「本件電柱」という。)が存在した。

原告伊藤は、伊藤車両を運転し、旧山手通り方面からJR山手線方面に向かって走行した。他方、久我は名鉄車両を運転し、その対向車線を走行してきた。伊藤車両の走行車線には、駐車車両が存在していたため、伊藤車両が中央線を越えて走行してくる可能性を考え、久我は、時速八キロメートルほどで自らの走行車線を左寄り(北東方面寄り)に走行した。原告伊藤は、名鉄車両を先に通過させようとして、伊藤車両を中央線からややはみ出して停止させた。

久我は、名鉄車両を進行させたところ、夕日によって目が眩み、名鉄車両の左前部を本件電柱に衝突させた。そして、その反動で、名鉄車両の右後部が伊藤車両の右前部に衝突した。その結果、伊藤車両は、修理代として一四万五八六八円(税込み)を要する損傷を被り、名鉄車両の右後部には擦過痕が残存した。

(四) 原告伊藤は、第二事故後頸部痛が増強し、平成八年一月二六日、翌二七日と続けて聖路加国際病院に通院したが、ジャクソンテストやスパーリングテストなどの神経学的検査では異常はなく、MRI検査でも異常は見られなかった。ところが、原告伊藤は、頸部痛などの症状を依然訴え、頸部の牽引治療を継続した。その後も、投薬と頸部牽引の治療を平均して一か月に七日から八日ほどの頻度で継続し、時々ジャクソンテストやスパーリングテストの検査を受けたが、いずれも陰性であり、天候が悪化する際には頸部痛が増強し、集中力が低下するなどの症状にあまり変化はなく現在に至っている。

(五) 原告伊藤は、医師から安静にするように指示を受けたが、講演やテレビの仕事は断ることができず、無理して継続した。また、第一事故から一週間経過したころから再び自動車の運転を開始し、第二事故後も提供された代車の運転をしたことがある。

(六) 頸椎捻挫のうち、捻挫型においては、受傷後数日間は安静を維持し、症状の変化を観察する必要がある。一週間から三週間の入院が望ましい。そして、ほとんどの症例は、約三週間以内の入院期間中に軽減ないし治癒する。日常生活や職場の復帰は、一週間から二週間にわたりゆっくり段階的に行うのが望ましい。

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

2  原告伊藤の治療期間の相当性と、第一事故及び第二事故との相当因果関係の有無について

(一) 第二事故発生までの治療期間の相当性

原告伊藤の症状は、第一事故後及び第二事故後を通じ、神経根症状を窺わせる検査結果はなく、自覚症状のみによるものである。そして、こうした捻挫型の頸椎捻挫においては、一般には一か月以内の入院安静により軽快することが多いことからすると、ある程度の個人差や事故における個別性を考慮したとしても、約九か月程度もの治療が継続されたのがいささか長いことは否定できない。特に、平成七年五月半ば過ぎから頸部の牽引を開始して以降は、原告伊藤の症状にそれほどの変化はみられないのであるから、なおさらである。しかし、主訴の内容(症状の部位及び種類など)は、概ね一貫したものである上、当初の投薬治療のみから、頸部の牽引、極超短波、さらには投与薬物の種類の変更という具合に治療内容を変化させて、その効果が試されていたということができるから、最終的に投与薬物を変更してからしばらくした第二事故発生時(平成八年一月二六日)ころに、概ね症状が固定した状態となったというべきである。

したがって、第二事故が発生した平成八年一月二六日までの治療は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(二) 民法七二二条の類推適用

(1) 原告伊藤の症状について、診察した医師は、交通事故及びそれに伴う仕事の不安が一定の症状を誘発しているとして不安の除去の必要を指摘していた。また、原告伊藤は、医師から安静を指示されたにもかかわらず、仕事柄やむを得ない面もあるとはいえ、講演やテレビの仕事を無理して継続したり、第一事故後まもなく自動車の運転をするなど、安静状態を十分維持しなかった。

神経学的所見がないのに、原告伊藤の治療期間が相当程度長期にわたっていることと、右の事情を併せて考えると、原告伊藤の右の心因的要因や安静状態の不保持が治療の長期化に相当程度影響を与えていることは否定できない。そして、捻挫型の頸椎捻挫の一般的治療期間をも踏まえて考えると、その寄与割合は三〇パーセントとするのが相当である。

(2) これに対し、原告らは、医師において治療の必要性を認めている場合にまで心因的要因を考慮するのは相当でないと主張する。

しかし、原告伊藤の症状は、他覚的所見に裏付けられたものではなく、医師としては、原告伊藤が症状を訴える以上は、治療を継続することはやむを得ない面もあるから、医師が治療を継続していることをもって心因的要因を考慮してはならないということはできない。

(三) 第二事故発生後の治療期間の相当性

(1) 第二事故は、軽微な事故であり、頸椎捻挫の症状の程度と衝突の程度は必ずしも比例するものではないとしても、衝突程度のその後の治療経過に整合性を欠くことは否定できない。さりとて、原告伊藤の主訴の内容は、概ね一貫しており、多忙な中でそれなりの頻度で通院していることからしても、詐病あるいは誇張があるということもできない。このような事情に加え、第二事故当時、第一事故により生じた症状が概ね症状固定状態にあったこと、第二事故後の症状の発生部位及び内容が第一事故後のそれと重なっていることを総合すると、原告伊藤の第二事故後の症状は、第一事故によって生じていた概ね症状が固定した状態に、軽微な衝撃が加わって、それが増悪したものであるということができる。

もっとも、原告伊藤の症状は、第一事故後と同じく、神経学的所見はなく自覚症状を主体とする上、第二事故直後からほとんど変化がなく、投薬と頸部牽引の治療が漫然と継続されているにすぎない。したがって、第二事故当時、すでに概ね固定状態にあった症状が前提にあったことを考慮しても、相当因果関係のある治療期間は、せいぜい平成八年六月末日までとするのが相当である。

(2) なお、第二事故後の治療においても、症状の経過及び治療期間などを考慮すると、心因的要因や安静の不保持が影響している可能性はあるが、前提となっている第二事故当時に残存していた症状において、すでにそれらを考慮している上、相当因果関係を認める治療期間の長さを考えると、重ねてそれらを考慮するのは相当でない。

(3) ところで、右(一)のように治療期間を限定した場合、平成八年六月末日の時点で症状が残存していることは否定できず、原告らは、これをもって後遺障害が残存したとみるべきであるとして、予備的請求原因として、逸失利益を二〇〇〇万円請求する。

しかし、その主張は、原告らに生じた後遺障害が、労働能力にどの程度影響するものであるかさえ主張していないから、主張自体失当である。また、症状固定時期の有無はともかく、後遺障害の残存について、医学的立証もなされていない。

したがって、この点についての原告らの主張は理由がない。

3  共同不法行為の成否について

(一) 共同不法行為の成否

第一事故と第二事故との間には九か月の間隔がある上、それらは、場所においてもまったく関係なく発生した別々の事故であるから、両事故は社会的に見て一箇の加害行為とはいえず、関連共同性を肯定することはできない。

したがって、第二事故後に生じた症状に関する損害について、被告濱田は、被告名鉄運輸と連帯して損害賠償債務を負担することはなく、第二事故後に生じた症状へ寄与した割合に従って、単独に損害賠償を負担することになる。

(二) 第二事故後の症状に対する第一事故と第二事故の寄与割合

第二事故の衝突程度は軽微であるが、これを契機として症状が増悪したこと、第一事故後の原告伊藤の症状の推移を考慮すると、第二事故後の症状について、第二事故当時に残存していた症状と、第二事故の寄与割合は、前者が四〇パーセント、後者が六〇パーセントとするのが相当である。

そして、すでに判断したとおり、第二事故当時に残存していた症状に、第一事故が寄与した割合は七〇パーセントであるから、結局、第二事故後の症状に第一事故が寄与した割合は、二八パーセントとなる。

三  原告らの損害

1  原告伊藤の損害

(一) 第二事故発生時までの損害

(1) 治療関係費(請求額七万三〇六〇円) 七万一三六〇円

証拠(甲一の1~6、二一の1~6)及び弁論の全趣旨(原告伊藤は第一事故後平成七年七月三一日までの治療費を請求しておらず、請求額と甲1の金額の差額は既払分であると理解できる。)によれば、原告伊藤は、平成七年八月一日から平成八年一月二四日までの間に、治療費、薬代及び駐車料として、合計七万一三六〇円を負担したことが認められる(駐車代を負担した日のうち、平成七年一〇月二四日、同年一一月三〇日、同年一二月二五日及び二六日、平成八年一月一〇日は、治療に行ったが混雑していて診察を受けずに帰宅した日であり[甲一の3~6、原告伊藤本人、なお、甲二一の3によれば、平成七年九月二〇日は通院しているので、この日の駐車料は相当因果関係がある。]、もっぱら原告伊藤の都合で受診しなかったとの点において、第一事故と相当因果関係は認められない。)。

(2) 通院交通費(請求額五万三〇五〇円) 四万五〇五〇円

証拠(甲一の1~6)及び弁論の全趣旨(原告伊藤は第一事故後平成七年七月三一日までの通院交通費を請求しておらず、請求額と甲1の金額の差額は既払分であると理解できる。)によれば、原告伊藤は、右の期間の通院交通費として、四万五〇五〇円を負担した(交通費を負担した日のうち、平成七年一〇月二日、同年一一月四日、同月六日、同月九日、同月二〇日、平成八年一月九日は、駐車料と同様に、混雑していて診察を受けずに帰宅した日であると推認できる。)。

(3) 慰謝料(請求額五〇〇万円) 一二〇万円

負傷内容、通院期間及び頻度、第二事故発生時に残存していた症状など一切の事情を考慮すると、慰謝料としては、一二〇万円を相当と認める。

(4) 寄与度減額と過失相殺

(1)ないし(3)の合計額である一三一万六四一〇円から、寄与度減額三〇パーセントに相当する金額を控除し、さらに過失相殺一〇パーセントに相当する金額を控除すると、八二万九三三八円(一円未満切り捨て)となる。

(二) 第二事故発生後の損害

(1) 治療関係費(請求額一〇万九三五九円) 五万四九八〇円

証拠(甲一の6~11)によれば、原告伊藤は、平成八年一月二六日から、相当因果関係のある治療期間である同年六月末日までの間に、診療費、薬代及び駐車代として合計五万四九八〇円となる(平成八年三月二二日、同年四月一八日、二二日、同年五月一三日、三〇日、同年六月四日、一九日、二五日の駐車料は、その日に診療を受けていないので、相当因果関係のある損害とはいえない。)。

(2) 物療費(請求額二四万〇〇〇〇円) 認められない

証拠(甲一の6~11)によっても、(1)の治療期間においては、物療費(証拠[原告伊藤本人]によれば、指圧、マッサージ等である。)を負担したとは認められない。

(3) 通院交通費(請求額五万六五〇〇円) 七七一〇円

原告伊藤は、(1)の治療期間の通院交通費として、七七一〇円を負担した(甲一の6~11、但し、平成八年五月七日の一三〇〇円は除く)。

(4) 慰謝料(請求額五〇〇万円) 一〇〇万円

負傷内容、相当因果関係を認める通院期間及び頻度、残存した症状に照らすと、慰謝料としては、一〇〇万円を相当と認める。

(5) 被告らの負担割合

(1)ないし(4)の損害総額一〇六万二六九〇円に、被告名鉄運輸の負担割合六〇パーセントを乗じると、六三万七六一四円となり、被告濱田の負担割合である二八パーセントを乗じると、二九万七五五三円(一円未満切り捨て)となる。

(6) 過失相殺 認められない

被告濱田は、第二事故による損害について損害賠償責任を負担するとしても、原告伊藤には伊藤車両を中央線からはみ出させて停車させた過失があると主張する。

しかし、伊藤車両の進行方向には駐車車両が存在していたのだから、中央線をはみ出して停車してもやむを得ないといえるし、かつ、名鉄車両が通過する余地がないほどはみ出して駐車していたと認めるに足りる証拠もないから、原告伊藤に過失は認められない。

(三) 損害のてん補

以上によれば、被告濱田が原告伊藤に対して負担する損害総額は一一二万六八九一円、被告名鉄運輸が原告伊藤に対して負担する損害総額は六三万七六一四円となる。

被告濱田は、原告伊藤に対し、損害賠償金として一〇〇万円を支払っているから、損害賠償債務の残額は一二万六八九一円となる。

(四) 弁護士費用(請求額九〇万円) 一〇万円

本件認容額及び審理の経過に照らすと、弁護士費用としては、被告濱田に対して三万円、被告名鉄運輸に対して七万円を相当と認める。

2  原告会社の損害

(一) 前提事実

証拠(甲九~一四、一七、原告伊藤本人)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告伊藤は、原告会社の代表取締役であり、原告会社の利益は、多少の賃料収入のほかに、原告伊藤の文筆活動や講演などの収入に依拠している。

(2) 原告伊藤は、第一事故及び第二事故による負傷により、取材において手書きのメモ作成ができなくなったり、集中力の低下により、インタビューの時間が持続できなくなったり、執筆活動が遅れるなどの影響を被った。

(3) 原告会社の利益の推移は、次のとおりである。

第六期(平成三年一二月一日から平成四年一一月三〇日)においては、売上総利益(売上高である七六四四万三七八八円から、売上原価としての印税支払額である一三三二万九九九八円を差し引いた額)が六三一一万三七九〇円であり、販売費及び一般管理費(四四一七万四七二〇円)を控除した営業利益が一八九三万九〇七〇円、当期利益が一八六四万八三〇八円である。

第七期(平成四年一二月一日から平成五年一一月三〇日)においては、売上総利益が七二七六万七二〇七円(売上高は九六八七万八三一五円であり、売上原価としての支払印税は二四一一万一一〇八円)であり、販売費及び一般管理費(六三〇六万〇五六二円)を控除した営業利益が九七〇万六六四五円、当期利益が九九五万七三九〇円である。

第八期(平成五年一二月一日から平成六年一一月三〇日)においては、売上総利益が八二九九万四六〇六円(売上高は八五三二万七九三九円であり、売上原価としての支払印税は二三三三万三三三三円)であり、販売費及び一般管理費(九九七九万六六九三円)を控除した営業損失が一六八〇万二〇八七円、当期損失が一五九六万三二五二円である。

第九期(平成六年一二月一日から平成七年一一月三〇日)においては、売上総利益が六六一二万八二〇九円(売上高も同額であり、売上原価としての支払印税はない。)であり、販売費及び一般管理費(一億〇七九八万二八六七円)を控除した営業損失が四一八五万四六五八円、当期損失が四〇三三万八八一一円である。

第一〇期(平成七年一二月一日から平成八年一一月三〇日)においては、売上総利益が六二三三万一八七三円(売上高も同額であり、売上原価としての支払印税はない。)であり、販売費及び一般管理費(七二一九万三三七六円)を控除した営業損失が九八六万一五〇三円、当期損失が四五二万三二九〇円である。

(4) 原告会社の賃貸収入は、月額三九万円の一二か月分である四六八万円と、賃借入の入れ替えがあった場合の礼金二か月分である。

以上の事実が認められ、これを左右する証拠はない。

(二) 裁判所の判断

(一)の認定事実によれば、原告会社は、いわゆる個人が法人成りした会社であって、原告伊藤には原告会社の機関として代替性はなく、原告会社と原告伊藤は経済的に一体をなす関係にあるということができるから、原告会社の損害は、第一事故及び第二事故と相当因果関係がある(但し、第二事故発生前の損害は第一事故とのみ相当因果関係がある。)。

そこで、原告会社の損害額について判断するに、(一)で認定した原告会社の各事業年度の損益の推移からすると、第六期から第八期(第一事故の前年)にかけて、利益の減少幅が順次拡大し、第六期には一八〇〇万円以上であった利益が、わずか二期後の第八期には一五〇〇万円以上の損失が生じる状態に至っている。この経過に照らすと、第九期(第一事故発生時を含む時期)には、三〇〇〇万円を下らない程度損失が出る可能性があったというべきであり、損失がそれ以下になるはずであったと認めるに足りる証拠はないから、現実に生じた第九期の損失との差額は一〇三三万八八一一円となる。ところが、第一〇期(第二事故発生時を含む時期)になると、損失は約四五〇万円にとどまり第一事故の前年の損失をも下回る損失にとどまっているのであるから(当然、第九期に予想された損失をも大きく下回っている。)、結局、この期においては、第一事故及び第二事故と相当因果関係のある原告会社の損害はないというべきである。

以上によれば、原告会社の損害は、第一事故による損害として一〇三三万八八一一円となる。

原告会社は、第九期及び第一〇期の売上額が、それぞれ前期のそれよりも低下したとして、その低下分を損害として主張する。しかし、売上げは収益ではないし、また、当該期において、前記と同程度の売上げを挙げられる蓋然性があるともいえないから、原告会社の主張は理由がない。

3  寄与度減額及び過失相殺

原告会社の損害額一〇三三万八八一一円に、寄与度減額三〇パーセント、過失相殺一〇パーセントに相当する額を順次減額すると、六五一万三四五〇円と(一円未満切り捨て)なる。

4  弁護士費用(請求額二〇〇万円) 七〇万円

認容額、審理の経過等の事情を総合すると、弁護士費用としては七〇万円を相当と認める。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、次の各被告に対し、不法行為に基づく損害金として、左記の各金額と、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

1  原告伊藤

(一)  被告濱田富三男に対し

一五万六八九一円と、これに対する平成八年一月二六日(不法行為の日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金(第二事故発生前の損害については、既に全額支払われていて損害はないから、遅延損害金の発生は、残額である平成八年一月二六日からとなる。)

(二)  被告名鉄運輸に対し

七〇万七六一四円と、これに対する平成八年一月二六日(不法行為の日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2  原告会社

被告濱田に対し、不法行為に基づく損害金として、七二一万三四五〇円と、これに対する平成七年四月一六日(不法行為の日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(裁判官 山崎秀尚)

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